Virgen del Socavan ビルヘン・デル・ソカボン

ボリビアで、Virgen del Socavan(ビルヘン・デル・ソカボン)という歌があり、
友達が歌詞を訳したところ、変な曲名だという。
Virgen del Socavanというのを訳すと、
「トンネルの聖母」「岩窟の聖母」「洞窟の聖母」などという風になると言う。

どうもなんだか、すっきりしない曲名だなぁ、と思って僕も調べてみた。
結論から言うと僕個人は「岩窟のマリア」と訳した。
この曲はボリビアの首都ラパスから、南東方向に200kmほど行ったところにある
オルロという都市のお祭りを舞台にした歌だった。
このオルロ市はアンデス山脈の麓の鉱物資源に恵まれた地にある。
昔は、先住民の人々が農業や牧畜などをしながら、のんびりと暮らしていた。
しかし、スペイン人によって1606年に征服され、この場所に町を作った。

なぜ、ここに町を作ったのか。
ここで銀が産出されたからである。
その後、銀は掘り尽くされ寂れるが、今度は錫(すず)が見つかり繁栄する。
第二次世界大戦後は錫の需要が低下したが、最近は希少金属の発見もあり、
再び賑わいを取り戻すのではないか、と言われている。
アンデス山脈の鉱物資源で町が存在すると言っていい。

南米三大祭りと呼ばれているものがあり、リオのカーニバル、クスコのインティ・ライミ祭りと、
このオルロのこのカーニバルである。
オルロのカーニバルは世界無形文化遺産に登録されていて、
歴史のある大規模なイベントなのだ。
過去は1週間も踊り続けたというけれど、今では2~3日に短くなったそうな。
まぁ、徳島の阿波踊りって感じかな。
そして、この町のシンボルが、
Virgen del Socavan(ビルヘン・デル・ソカボン)「岩窟のマリア」なのだ。

なぜ、「岩窟のマリア」がシンボルなのか。
オルロ市の多くの人々が信仰として岩窟のマリアを崇拝している。
もともとアンデスの地元にパチャママという女神信仰があった。
女神信仰は世界中にあり、その多くは豊作を司る神だ。
多分アンデスの人々も同じではなかったか。
スペイン人に征服されるとキリスト信仰を持ち込んで来た。
先住民達は、マリア信仰と合体させ、姿かたちはマリアだけれど、
心の中はパチャママという具合にしてパチャママを守った。
鉱山労働者が多く住むこの町だ。トンネルや岩窟の暗闇の中で、このマリアを信奉した。
キリスト教なんだけれどマリアさんの方が愛されている。

でも、なぜ「岩窟のマリア」なのか。
聖母マリアがキリストを産んだのち、ヘブライの王がキリストを殺そうと考えた。
それを察知したマリアは逃避行に出る。
その逃亡の中で、洞窟や岩窟で過ごした日々があったと想像される。
それをモチーフにした宗教画が今もある。
有名なのはダビンチが描いた2作品でルーブルとロンドン・ナショナルギャラリーに飾られている。

ここからは想像。
ある時、落盤事故が起き岩窟内は闇に包まれる。
色々やってもうまくいかず、どうやって脱出したら良いのか、もう分からなくなってしまう。
そして一日が経過して朝日が昇ってきた。
岩窟の中へ一条の光が入り込み、闇の中で一つの岩が光輝く。鉱山労働者達は驚き、
その光をたどれば脱出できることを知る。
生き延びた鉱山労働者は、あの岩窟の中で光輝いた岩を見た時、
キリスト教会(Templo de la Virgen del Socavón en Oruro)でみた
「岩窟のマリア」を思い出す。
あの絵とそっくりではないか。
あの時、あそこにはマリア様がおられ私達を救済したのだと。

なんて具合じゃなかったのかなぁ。
一つの曲を翻訳すると言っても、その文化的背景が分からないと、
何の事か全く意味不明のことがある。
特に宗教は奥深いところがあり、つかみきれないのが本音である。
ぜひ、この町を訪ね、地元のじいちゃんやばあちゃんとマリアについて話をしたいものだ。


写真は新たに作られた岩窟マリアの像。Monumento a la Virgen del Socavón
標高3650mのサンタバルバラ山の山頂に建造された。像の高さは南米最大で45.4m。